今回は、タイトルに示した言葉について考えていきたいと思います。
この言葉は千利休の名言として知られており、『茶話抄』という本に収められています。
千利休は何を言わんとしていたのでしょうか。
『茶話抄』は1928年に出版された、薄田泣菫 著の書籍です。
大正末期から昭和にかけ、大阪毎日新聞に連載されていたコラム『茶話』が811篇集められています。その内容は幅広く、千利休の名言のように日本の人物だけでなく、イギリスやアメリカの人物にまつわる逸話が取り上げられており、そこに著者の解説が加わり、「なるほど」「クスリ」「ニヤリ」とさせられるウィットに富んだ内容となっています。
そんな『茶話抄』に収められている一篇が、タイトルにも書いたもの。
千利休の名言で、正確には以下となります。
『茶之湯は古木を二つに割たる様なるべし、其境にいたらぬ者は、青竹を割たる様成べしとぞ』
現代文にしてみましょう。
「茶の湯は古木を二つに割ったようになるべきだ。その境地に至らない者は、青竹を割ったようにするべきである」
この意味について、実は、千利休が解説を残しているわけではありません。紀州徳川家の家臣が、表千家に申し伝わる千利休の言葉を聞いたものであり、それ以上でもそれ以下でもないというのが本当のところ。しかし、この言葉の意味を考えた方がおり、以下のように解説しています。
「竹を割ったような性格」という言い方があるが、これは竹は繊維がまっすぐであるため、割ろうとすればまっすぐに割れると言うことを性格になぞらえたもの。これを、千利休の言う古木の場合で考えると、古木には年輪や節があるため、それらに影響されてまっすぐには割れないことが想像される。それが味わい。
これらを茶の湯に当てはめれば、年輪や節はその人の経験であり、その人にしか出せない断面が現れるということ。つまり、茶を続けることにより、その人らしさが茶にも表れるようになることを願う言葉だと言える。
それと同時に、その境地に至らないのであれば青竹で良いと言っており、経験とは無理に取り繕うものでは無いと言うことでもある。茶を続け、いつの日か青竹から古木になれることを信じ、自分自身を磨き続けなければならない、ということを言いたかったのだろう。
千利休は茶人ながら、物の見方という面においても大変秀でていたのだと感じます。だからこそ、侘茶を生み出し、名だたる戦国武将の心を掴み、今もその名を世に残しているのでしょう。
茶の湯に限らず、何かひとつのことを極めることで、『その人らしさ』が出てくるものだと思います。竹を割ったような素直さを始まりとして、じっくりと経験を重ね、いつの日か古木を割ったような自分自身になっていければとても素敵なことなのでしょう。
千利休の名言は、他にもたくさんあります。朝顔、すいか、落とし穴。どれも「なるほど」と感じさせてくれるものばかり。
お茶と共に、千利休の遺した数々の名言にも、注目してみると面白いと思います。